完璧主義?

2018.05.22

私は時折「完璧主義だよね」と言われることがある。日本で生活してきたこれまでも、米国の留学中でも同じように言われたことがあった。自分では、完璧主義(100%)だとも、なりたいとも思っていない。そもそも、テストで100点という結果はあっても、人生に100点を出せる基準にあきらかなものはなく、基準を決められるのは自分自身であり、私自身は100%というものが出せると認めていないからだ。

100%にはなることはない事実を認めた上で、出来る限り100%に近づけたいと思っていることは事実である。100%を目指した結果が90%であろうが、60%であろうが、それはそれでよいのである。私自身がその結果を得られるまでにどのくらいの事ができたのかという自己評価と、次に活かせることは無いかを考えることが必要だと思っているからだ。90%の結果、60%の結果、どれもそれらは自分自身の責任と努力の結果である。人生は一度きりで、この世を去るときに「私は人生を一生懸命生きた」と思いたいのだろう。

仮に他者からみて100%(100点)という結果を出せたとしても、それでも私は満足したことがない。留学中に教授にも言われたことがある。「こんなに良い点数なのに、何が不満なんだ?よく出来ているじゃないか」と。その時使い慣れない英語で、「私が重要視しているのは、点数じゃない。答えが分からなかったという事実は、それを理解できていないということ。それを理解できるようになりたいから、こうして質問にきているんだ」と、大真面目に伝えると「わかった、わかった。」と私の質問に対し、答えを一緒に探してくれた。他者の目に映る100%というイメージより、私自身が自分を認められることが人生の中でもっとも重要なことだと考えているからだろう。

通常、他者から認められること「承認」は、教育や信頼関係を保つ上で重要な要素である。褒められることをした、成果を認めてもらえる、それだけが「承認」ではなく、いつもの生活や仕事を今日もやり終えたことは、他者から承認されなくても自分自身で「承認」できる大切なことでもある。

いろいろな出来事を人生に活かせるのは、自分の考え方や行動であり、他者ではない。なぜ私は認めてもらえないのだろう・・・と落ち込んでいる人がいるなら、他者に聞いてみるとよいと思うのだ。他者目線を知ってみると、新に改善点を見つけられるかもしれない。他者から承認を得たいのであれば、改善点を見つけ、それに対して真摯に向き合い努力することである。それ無しに、「承認」だけ得たいのは自分自身にも他者にも「甘え」ているだけだろう。人生とは、「他者がどうにかしてくれる」そんなに甘いものではない、ということを理解する必要があると思うのだ。

東京ベイ浦安市川医療センター 集中ケア認定看護師/米国呼吸療法士
戎 初代