「クマに遭遇したら・・・ 〜たまには動物から教わってみる」 

2013.05.08

クマに遭遇したら、ゼッタイ目をそらさず、「私は敵じゃない、私は敵じゃない・・・」と心の中でつぶやき、少しずつ後ずさり・・・して逃げる。

これが極意らしいです。

でも、クマに遭遇したことがある人、どれくらいいるでしょう?あなたは出会ったことありますか?「クマさん」に・・・。

以前、クマが町に出没して人が襲われたり土産店が荒らされたりしたことがありました。「わぁ~~怖い」と感じましたが、それは映像を通して。自分の身の回りでクマに会うということは非現実的だから(動物園以外は…)、他人事と突き放せないまでも、怖いけれどどこかよそ事…。
コラム0508

でも。でもですよ。
その「クマみたいな人」には出会ったことはありませんか。いろんな「クマさん」。
くまのプーさんとかぬいぐるみのクマさんという「かわいい」イメージではなくて、「ちょっとコワイ」存在の「クマさん」。
今日はちょっとその怖いクマさんのこと、考えてみようと思います。

あるひ~もりのなか~クマさんに~であった~~
はなさくもりのみち~クマさんにであった~~♪
クマさんの~いうことニャ~おじょうさん~おにげなさい~
スタコラサッサッサのサ~スタコラサッサッサのサ~
ところが~クマさんが~あとから~ついてくる~
トコトコトッコトッコト~トコトコトッコトッコト~
おじょうさん~おまちなさい~ちょっと~おとしもの~
しろいかいがらの~ちいさなイヤリング~
あらクマさん~ありがとう~おれいに~うたいましょう~
ラララララ、ラ、ラ、ラ、ラ~ン、ラララララン、ラン、ラン、ラン、ラ~ン♪

誰もが知っている童謡の「森のくまさん」です。
よく読むと、わかるようでわからない歌詞。

ワタシテキには・・・

♪自分(←くまさんのことね。)の本能は敵を襲っちゃうこと。でも素直でやさしい人間に良心を抱いたくまさんは、「あなたのようないい人は早く私(くま)からさりなさい、でないと危ないよ」と紳士的に振る舞う。

♪しかしこのくまさん、単なる紳士だけで終わらなかった。常識的というか人間的。あわてて逃げた女の子が落としていったイヤリング(宝物の総称?)をどうしても無視できなかった。その女の子が後で困ったことになるのを想像したのか…女の子を気の毒だと思ったくまさんは、怖い自分ではあるけれど、落としたことを知らんふりする訳にいかないと思い、女の子を追いかけてしまう。

♪この歌詞。もっとすごいのは、くまさんの追いかけ方。

♪「トコトコトッコトッコト~」。
後から「追いかけて来る」のでなく「ついてくる」のだし、その音は「ドドドドドッドッドッドッド~」でもなく「ガオガオガオガオグォ~」でもなく「トコトコ」と何とも軽やか。まるで「♪」マークが見えそうな情景。しかも大きな大きな手には小さな小さなイヤリング。その色は清楚な、無垢な「白」。

♪その先はもっとすごい。
女の子は「キャ~!!」と逃げるのでなく、「あら?」と(きっと優しく)振り向き、しかもお礼の歌まで歌っちゃう。スタコラサッサと逃げていたはずなのに、ラララ~と美声(これはワタシの想像・笑)で歌うのである。

なんともほほえましい、春を—ピンクや黄緑、黄色や水色を―イメージする歌なのでしょう!

ということで、先日、ちょうど幼稚園の横を通りかかったら、こどもたちが輪唱していて、ふと感じたことを書き連ねてしまいました。

さて。
前置きが長くなりましたが今日のお話は何なのか・笑。

「クマさん」はいつどこに現れるかわかりませんが、「怖くも優しくも、捉え方次第かも」ということです。

春は、新学期、新年度、季節の始まり・・・スタートをきる方も、リスタートをきる方も多いと思います。新しい環境は、緊張の中、期待と不安が入り混じった毎日かも知れません。

特に仕事をしていると、怖そうな人とも出会うし、一緒のプロジェクトチームに「嫌だな~」と思う人がいて、その人と力を合わせなければならないときだってあります。相性の悪い上司や部下の組合せ、ってこともありますね。

そう、そんな相手を「クマさん」に置きかえてみましょっか?

「怖くて恐ろしい存在」「嫌な人」「自分を脅かす人」「敵」・・・
「クマさん」・・・ある日突然やってきたり、急に変貌して「クマさん」になっちゃうこともあります。

そんな「クマさん」と一緒に居ると、びくびくしたり、憂鬱な気持ちになったりして、
仕事でしばらくお付き合いしなければならない…とかになったりすると、お互い決していい空間、楽しい時間を過ごせそうにありません。

・・・ではどうするか?

逃げられるなら冒頭の通り、少しずつ後ずさりして逃げればいいでしょう。いえ、逃げねばなりません!でも人生、そんなにうまく毎回逃げられるとは限りません。逃げたら自分自身、後味が悪いことだってあったりします。

ではではどうするか?
「後ずさりして逃げる」のも危機的状況の時は大切な手段として…
冒頭のもう一つの言葉「敵じゃない、敵じゃない」と心の中でつぶやくこと。これ、案外、深い言葉かも・・・。

相手はクマじゃなくヒトですから、うまく言葉で表現してアピールするもよし、言えないならとにかく本気で思うことです。そう、できたら「(あたたかい眼差しで、)目をそらさずに・・・」。

人間関係はいつの世も、どこにいても なんやかんや あるものです。それでせっかく楽しいと思っていた仕事や勉強までもが嫌になったりもします。気持ちが萎えたり、心がおれたり、くたびれたりする時も・・・。

でも、この世は一人では生きていけません。かかわる人との時間や空間は思いのほか大事なものです。絆や縁が結ばれ、輪が広がったり、大きな力になったりもします。人間関係、それはとても尊いもの。

ただ「関係」というのは「互いに」影響し合っていることです。二つ以上の物事が互いにかかわり合うことを「関係」というそうですから、どうやら相手だけをあーだこーだ言ってられないのかもしれません(そうはいっても愚痴りたくなりますけどね・笑)。

相手が変えられそうになければ、変わりそうになければ、自分が少し変わってみる…よく本や雑誌にも書かれていますね。「なんで!?私は悪くないのに!!」と言いたくなるあなた!…わかります、とてもわかります。だから自分をがらりと変えちゃう必要はありません。もしできるとしたら…変わると言っても大げさなことでなく、ちょっと見る角度だけを変えてみるのです。ものの言い方や態度まで変えようと思うと、なんか釈然としなかったり、気恥ずかしかったりするものです。だから、誰にも見えない「心の目」の位置を変えてみるのです。はじめは難しいかもしれないけれど、それは、きっと長い人生のなかで、自分の視野を広げるチャンスになるような気もします。

余談ですが、生け花やフラワーアレンジメントなさっている方、いらっしゃいますか?

花器やフラワーポットに一つひとつの花の表情を見ながら、長さや向きを変え、時に枝をためたりして完成させます。その花たちは、正面から見た時と、斜めから見た時、後ろから見た時で、見せる表情が違います。なんとも趣のある姿、佇まいをみせます。力強さが迫ってくると思ったら、角度を変えると穏やかでのびやかに見える…などなど。

嫌だな、いるだけで空気が重いな、と感じていても、一歩自分の心の目や立ち位置を変えてみて見ると、嫌だけど真面目そうだな、とか、怖くて威圧的だけど細やかなところがあるな、とか、時には、案外いい人かも、なんて、会う日や話題によってはまるで印象が変わるときがあります。

意図的に見る角度を変えると、そしてできるだけ(少ないかもしれないけれど)いいところを探してみると、一つくらい「いいじゃん」とみつけたりできるものです。

とって引っ付けたように無理に好きになる必要はありません。でも「敵だ」と決めつけては、何事もあまり良い方向にはいかないように思います。だからまずは「敵じゃない」と思ってみるだけでも、明るい方向へ向かうかも、と思います。

以心伝心という言葉、ご存知ですか。

そう、それなら・・・・・

・・・・・・ですよね(^^)

長い人生、いろんな人に出会い、出来事に出くわし、笑ったり泣いたり喜んだり落ち込んだり…そんな時のヒントになりそうじゃありません?この「クマに遭遇したら」解説!(笑)

次回は・・・いま考え中(焦;)。こころを込めて伝えます。よかったら楽しみにお待ちください。

さぁ、夜勤明けの方、日勤でくたくたになった方、“今日もよく頑張りました!”。ご褒美においしいよもぎ餅でも食べながら、ゆっくり休んでください。今から出勤の方、やること満載で気が遠くなっている・・・かもしれませんが、“今日も一日がんばりましょう!”

美看編集部 夏井真琴